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  • 2009.04.22 Wednesday
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センス


どもども。

久々にいい記事をみつけました。

http://number.bunshun.jp/national/column/view/3737/

再三僕もこの件は触れてきたけれど、まったく同意見。
彼は1.75列目の選手としては超一流だと思います。好きか嫌いかは別として。
ちなみに誕生日が同じですが。1歳下ですね。僕の。

彼には1.75列目としての天性のセンスがある。
天才的な技術を持つ若手が増えてきたけれど、天性のセンスというものを持っている選手をお目にかかることはそうはない。センスとはサッカーのセンスであって天才的な個人技ではない。

これをもちえていると僕が思うのは、中田ヒデ、柳沢、全盛期の小野だった。小野は怪我で感覚が狂ってしまって残念ながらそのセンスは少しカゲリがみえてしまっているが、とにかくこの3人はすごいと思った。

今、そういうものを感じる若手は少ない。天才的な技術を持っているなと思うけれど、センスよりも努力からきているものが多いと思う。

センスがあるかも・・・と感じるのは、まだまだ未熟で物足りなさはあるけれど、浦和レッズの原口はその系統の選手だと思う。

もう少し粘りのあるプレーができるようになってくれば、面白い存在だと思う。今はまだ少し玉離れが早い気がする。もう少しボールとの距離を狭めてほしいかな。

地の利

山形vs名古屋を見ていて思ったのだけど、あれはやばいね。

孫子でいうところの地の利ですよ。

欧州全域を制圧するかのような全盛期のヒトラーもナポレオンも、冬のソ連攻めで雪にその勢いを阻まれて大敗を喫し、その後、一気に壊滅に追い込まれたのを思い出しましたよ。


見ている人が、「かわいそう」「無理だ」と見るのか、むしろ名古屋のスピードというアドバンテージが雪に完全に殺されて大番狂わせがおきそうで「面白い」と見るかでかわってくるけど、僕から見たら「最高」だったね。

雪のトヨタカップを思い出したよ。


「雪」という天然の要塞は、雪が降らない地域のチームにとってはやっかい以外なにものでもないね。


エクアドルが高地でのホームを意図的に開催してあのブラジルにあっさり勝ってしまうことがあるように、実力差で劣る山形が強豪と肩を並べた試合をするために、この雪は必要なんじゃないか?

もし山形が強いチームに育ったときは、もう無敵の要塞になる可能性が大なんじゃないかとも思う。


世界的な部分で見たら、山形のホームは山形にとっては強烈なアドバンテージだな・・・・。

下手すりゃ欧州の強豪すら戸惑う天然の要塞だね。これは。


あれを見て、秋春開催案を反対する山形サポーターはいるのかな・・・。むしろ雪の降らない他チームが秋春案に反対しそうな気がするよ。笑


僕が他チームの監督なら、「雪の山形」ではなく、天然の要塞でなくなる「夏の山形」とのマッチメイクを希望するかな。


そして僕がこの山形のサポーターなら、この天然の要塞が長く使えるシーズンを希望するかな。ここで勝ち点を稼ぐだけ稼いでJ1定着を目指すね。勿論自チームには最高の練習・交通環境、相手チームには劣悪な練習・交通環境を準備するけどね。


大河ドラマでも旬だけど、雪の無い北条が雪のある上杉を攻められるのは雪の無い夏の間だけ。何度と無く北条も雪で上杉を攻め切れなかった。


昔から歴史上でも続いている東北の天然の要塞。


これを活かせるチームがきたら超かっこいいよね。


入り口をじぐざくにしてサポーターの入場を阻害してアウエー感をかもしだそうとしているどこかのお馬鹿クラブなんか比にならないくらいの


アウエー

だね。



今の秋冬制反対の裏にあるものは、観客動員減少等なのかな?


僕はね、雪の無い地方のチームと雪のあるチームが共にこれに反対してても、お互いの腹の内はまったく違うところにあるとも思ってるんだよね。


ぶっちゃけクラブ経営を考えた場合、慣れない雪の試合で負けるリスクが高くなる秋冬制に反対するのは雪の無いクラブにとってはあたりまえの話でしょう。

強豪クラブのほとんどは雪の無い地域。
やばいアウエーが増えられたら困るよね。

つまりそういう観点で反対している節もあるなと思う。


Jリーグは未だに数字を出して比較していないが、恐らくJリーグや強豪クラブのいくつかは独自に数字面での観客動員予測をしてると思う。だけど実際は世の中が思っている以上に差が出ないという感触を得ているんだろうね。だってプロ野球と違って多くのクラブはコアなサポーターで構成されている現状で、雪で影響を受けるレベルの「ファン」まで掴みきれてないんだから。コアなサポーターの割合が多いチームほどさほど影響をうけないんじゃないかな?


一方で、クラブの観客動員数を増やしたい雪国の当事者クラブとしてみれば、一般的にネガティブな要素と思われる事は排除したい。その1つが雪なんだと。その気持ちはよくわかるが、雪を天然の要塞に見立てて、普段は弱いチームも強くなれる大番狂わせの魅力をアピールしていければ、新たなマーケティング戦略の1つになると僕は思うのだけどね。


いや、クラブが負けてJ2でもJFLでもどこでもいいから存続してくれればいいですっていうレベルであれば何も言わないけれど、そうじゃなくて、強くあって欲しいと願っているわけだよね。だったら、「おい浦和!雪の山形で勝てるもんなら勝ってみろ!」という感じでポスターばんばん貼って盛り上げればいいと思うんだよね。もし浦和が勝てなかったら「浦和撤退!」の4文字で翌日の新聞を盛り上げればいい。一方で浦和が勝てば新聞に「雪の山形城落城!」と書けばいい。

サッカーだけなら一般の人は興味をもたない部分もあるが、山形という地域の特性が、元アジア王者を退けたというのであれば、地元に根ざし、地元に誇りを持つ地元民の心をまったく刺激しないわけはないよね。強い相手を自分たちが天から授かっているものでぶっ倒す。強いやつをぶっ倒すこの爽快感は、不景気にあえぐ各地の人々の根底にあるストレスのはけ口にもなれる要素だと思う。


やばいアウエーを作りたくない強豪クラブの「観客動員減少による北国クラブの弱体化」という流言飛語にうまくのっかっちゃって秋冬反対を叫び続ける雪国クラブという図式が本当にできてないのかどうか。


世界的に見ても限られた強豪チームが自分たちに有利になるようなレギュレーションを決めてイニシアティブを作り続ける事こそが現在の真実のグローバルスタンダード。日本にはそんなものは存在しない?それとも存在する?


この日本の秋春問題。

本当の真実は一部の人しか知らない。



僕はね、山形が本当のメリットを理解して秋春を強烈に支持したならば、浦和の次に応援したいチームになるだろうな。

オシムが言った「日本式サッカー」とは別の意味でのもう1つの日本式サッカーがここで完成できるんじゃないかっていう魅力も感じているんだよ。


世界一のアウエーを感じることができる山形は、やりようによってはいつしかYAMAGATAと世界にその名を知らしめることができる可能性を持つチーム。山形の皆さん、誇りを持てる素晴らしいクラブ・スタジアムだと思いますよ。僕はね。


雪という武器を捨てるな山形!!!


そう言いたいです。

幸せな笑顔で。

我が家の犬のベリーちゃんが今週亡くなった。

父からメールがはいった。

「ベリーが亡くなりました。12時15分、息が感じられません。母に抱かれながら静かにいきました。暴れず穏やかに、綺麗な顔をしています。」


7月に癌だと言われ、余命宣告をされたものの、それをはるかに上回る時間を生きた。

10月末の出張ですらあえないかなと思っていたけど、会えた。そのとき、お別れを心の中で言ってきたが、年末年始でも会えた。また春の出張で会えるかなと思ったけれど、今度はさすがに長すぎた。


さすがのべりーも「もう待てないよ。」と新しい世界に遊びに行ってしまった。
亡くなる前の数週間、僕の夢の中にも何度もベリーが遊びにきていた。両親は、海外旅行しているのねと笑っていた。


年が明けてからは壮絶だった。
小さくて子犬みたいな犬だから体力がもたないかなと思われていたけれど、両親が必死に介護した。痙攣、失明・・・と様々な症状が出ては収まっては・・・という感じだった。24時間体制で最後は面倒をみてくれた。


ペットのためにそこまで?と思われる事も多かったようだが、ペットはペットであってペットではないんだよね。家族というのかな。人間の家族の中の一員なんだよなって改めて思った。


母がしっかりと本物の花嫁衣裳を作ってくれて、それをきさせてもらって、遊びに行った。


タイにいる僕が彼女に何か僕にできることはないか?と思い、久々に筆を取った。


新しい旅先で名前を友達に覚えてもらえるようにと我々の苗字と共にベリーの名前を書き、一緒に焼いてもらった。そして僕と父親の名前にある一字をお守り代わりとして一緒に焼いてもらった。


なんていうのかな。


癌宣告されてから日に日に体調が悪くなるベリーの生き様。
人から教わった以上に深いものだった気がする。


気位の高い子だったから、本当に外面がよく、来訪者には本当にいい顔をした。坂を上るのも1番でないと気がすまず、必死に1番で駆け上がって、お高くとまっている子だった。


そんな彼女が最後の日。


外を見せてあげようかという父の言葉に母がベリーを抱いて外にでた。


両親は、近々かな・・・とは思っていたものの、まさかその日にベリーが旅だつとは思っておらずベランダで2人でベリーを抱っこして話かけていた。


すると話終わるとベリーはすっと静かに息を引き取ったと。


痙攣が増えてきて苦しそうにする日が増えてきたのに、前日の夜は、急に起きて家中の部屋を歩いてまわっていたらしい。失明しているのに頭をごつごつぶつけながら。久しぶりに急に元気になったベリーに両親は笑い転げていたと。


長く続いた看病生活を支えてくれた両親に、最後に旅立つ前に元気な姿を見せたいと思ったのかな。


そして次の日、何事も無かったかのように静かに両親の中で息を引き取った。


「かっこよすぎるよね。」


と母が泣きながら電話で言った。



僕が地元を離れて東京に行った年、僕の代わりの存在のような感じで両親をサポートすべく生まれたばかりのベリーは我が家にやってきた。


あれから14年。両親と妹をベリーは実によく支えてくれたし、癒してくれた。


僕なんかよりもぜんぜん子供らしい親孝行をしていたと思う。


僕と妹は2人の兄妹だけど、べりーもいれて3兄妹だったなって思う。


僕のかわりに両親を癒し続けてくれたベリーにいつか恩返しをしたいという思いは結局かなわなかった。遠く異国の地にいるがゆえに、駆けつけたくても駆けつけることができない。


僕は僕がやるべきことをやることが最大のエールになると思って、やるべき事をやろうと心がけていた。



僕はまだまだベリーのいる世界へ行くつもりはないけれど、何十年かしてそっちに行った時は、また一緒に遊べればいいなあと思う。



火葬場では、妹も東京から帰ってきてくれた。家族だけではなく近所の人も駆けつけてくれて見送ってくれたみたい。


すごいよね。この人気っぷり。



多くの花に囲まれ、「ありがとう!お父さん お母さんより」といったいろんな人のメッセージーカードに囲まれ、そしてウェディングドレスをきて綺麗な布団に横になっているベリーの写真を見て涙ぐみながらふと気がついた。



べりー笑ってんじゃん!



トレードマークの笑顔を作り、今までみた中で1番の笑顔を見せてくれながらベリーは遊びに行きました。



ありがとう。べりーちゃん。



家族の中に笑いと癒しをいつも作ってくれてありがとう。

時代の扉は川口で開け

川口はこれまでの日本代表に大きな貢献をしてくてくれた1人でしょう。
僕自身、高校時代から1つ上の川口を見てきたので、その偉大さはよくわかっているつもり。高校時代の彼はやばいくらいにすごかった。

30歳を過ぎ、ここ1番での勝負強さは未だに健在とも思えるが、全体的な総合力での衰えは隠せない。

オリバー・カーンをはじめとしてGKは特殊で年齢を重ねれば重ねるほど味が出るといわれてきたが、僕はその時代はカーンの引退と共に終わりを告げ始めていると思っている。


ペナルティエリアでの1対1の駆け引きに長けていればある程度守っていける時代ではなく、ゴール前でもしつこくパスを続けたりするチームが出てきている中で求められているのは状況判断力と共に俊敏性の備わった身体能力であると思っている。それはやはり若さに依存していくものだと僕は思っている。


川口というGKは1対1にとても強い。一見俊敏性に長けていると思われがちだが、僕は彼は読みのうまさが全てだと思っている。決して体も大きくない。そんな彼が身体能力でこれまでやってきたという見方もあるが、僕は彼は読みのセンスでやってきたと思ってる。


オシムが来日し徐々にパスサッカーが全盛になってきJリーグと共に、川口の鉄壁さは影を薄めていった気がする。


彼が得意とする1対1のシーンというよりも、自分自身もパスサッカーで崩されて決められているシーンをよく見かけた。


あの川口が何もできずに点を決められるというのは、高校時代のスーパーっぷりを知るものとしてはどこか寂しい。


しかし、現実的に彼のスタイルが通用する時代に1つの分岐点がきているのは事実だろう。


岡田監督はカズを外して1つの時代を終わらせた。彼はいろんな意味で破壊者であると思うが、同時に時代の破壊者でもある。


岡田監督しかできないことは、川口の時代を終わらせることではないか。


日本代表の閉塞感は、もう10年以上も大きく変わらないGKの顔ぶれにあると僕は思う。GKはチームの心を決めるポジション。そこを変えていかないと代表は栄光のメンバーがそろったトルシエの時代を超えられない。

日本代表の新しい扉を開くのは達也でもなければ闘莉王でもない。
川口外しからはじまるのだと僕は思う。


川口に感謝の気持ちがあるのならば、彼の存在感があるうちに、彼にあのときのカズと同じ役割を担わせるべきだろう。


ヒデたちはカズの屍を乗り越えて責任感をまとった。
ヒデがいない以上、彼を乗り越えていく事はできない。それならば同じように大きな存在感で代表を守り続けた男に最後の仕事を与えるべきだと思うし、彼のためにもそのタイミングを間違わないであげてほしいと思う。



戦うという事

実家のベリーは昨年末に14年目を迎えた。

昨年初夏。

無情な悪性の癌宣告を受け余命少ないと判断された。
余命宣告の月日はとっくに過ぎ、医者の判断では既に死んでいる月日を送っている。

余命宣告をうけた日までに帰国できず、余命宣告を過ぎた11月、年末と実家に帰る事ができ、ベリーと会う事ができた。

「また会おうね。それまで元気でね。」

少しでも感謝の気持ちを直接述べたらお別れになってしまいそうだから、毎回そう言って別れる。11月、そう言って別れて、また年末にも会えた。次の出張は春過ぎになるだろう。ここの期間は本当に長い。長すぎる。

かすかな期待は2月だった。
2月にタイの社長がかわる。引き継ぎがあるからと以前言われ、その時には出張に一緒に・・・と言われていた。だからまた2月に会えるかもしれない。そんな思いも抱いていたが、その夢はかなわなかった。

自分が大学で東京に出た後、自分のいなくなった穴を埋める・・・いやそれ以上の存在感で、残された両親と妹を癒し続けてくれたベリーには僕は人間と犬という違いを超えた大きな貸しを感じている。自分も癒された。これほどまで大きな貸しを感じた存在は人間にはいない。

ベリーが癌になって以来、頭の中からベリーが離れた事はない。
ふとした時に、考えてしまって何もできない無力感を感じるときが多い半年だった。


癌は口の中にでき、ほっぺたが腫れあがっている。
11月の時はほっぺが小さく膨らんでいた程度だったが、年末帰った時はもう大きく腫れあがっていた。腫瘍で既に鼻がふさがっているのだろう。鼻血が出ていた。口も満足にあけられず、両親が必死に口にものをいれていた。

食欲はある。

なにより目の光が・・・眼光が衰えてなかった。

別に両親を喜ばせるために言ったのではない。

「まだまだ目に力あるね。生きようとする力をすごい感じるね」

野生動物の闘争心なのか。

体が動かなくとも、口が開かなくとも、血が出ていようとも、衰えないその眼の力は間違いなく戦っている。


医者から安楽死を希望するなら・・・と提案もあり、家族全員で考えたが、まだ眼の力は残っている。散歩をしたいという意欲を見せる。歩けるだけ歩かせる。


外に出ると、ぐんと胸を張り、しっぽをぴんと立てて見せる小さな小さな体の犬が発する威厳がまぶしい。


僕の中の期待がそう思わせたのかもしれないが「私はまだ元気だ」と彼女が言っているように感じたし、「あなたとの約束を果たしてまだ生きている」というメッセージを感じた。


そんな彼女に安楽死を選ぶ理由は見当たらない。そんなもので彼女の命が消せるとも思えなかったし、思いたくもなかった。


犬年齢でいえば一般的には80歳を超える老犬。
僕よりも先輩にあたる。自分の命をもってして諦めない強さを教えてもらっている。


生きる事を諦めない心を持つ事が、生きるということなのだろう。




そしてタイに戻り、両親からの写真付きのメッセージが届く。
いよいよ目が見えなくなってきたらしく、既に左目が見えないという。右目ももうじきだろうと。


「夢」


目が見えなくなってきたベリーの頭の上に「夢」という漢字を書いた帽子をかぶせた両親の写真を見て、涙がどっと溢れた。我慢をしたがこらえられなかった。出張先のマレーシアのホテルで1人泣いた。




目が見えないのなら、見えない空間で素敵な夢を見てほしいというこの両親の思いは、これまでのベリーへの感謝の思いに見えた。




この14年は夢のような時間だった。
ここから先が、我々家族にとって本当の夢のような時間になるのだろう。それぞれの国、それぞれの場所からベリーを見つめる時間はどれくらいなのだろう。


でも、ベリーが諦めない限り絶対に諦めない。
まだ右眼に力はともっていると両親は言う。


「また会おうね。」


泣いていたってしょうがない。
そう約束したのだから、それを果たすまで僕も頑張らないといけない。


どんな状況でも諦めない。


シンプルだけどとても大事なもの。


戦い続けるという事は諦めない心と共にある。




相馬の移籍

永井についで2人目のドリブラーを失った。
スター不要論のパスサッカーを強要されて黙っていられるわけが無いのがドリブラーという人種。ドリブラーってのは誰もが自分を中心に世界が回ってほしい生き物。むしろそのようなメンタリティを持たないとドリブルなんかできやしない。

裏をかえせばフィンケのサッカーは「俺様不要論」。

俺様論を唱える選手はこの先も遅かれ早かれ去っていくだろう。

浦和に貢献をしてくれた選手たちがそれぞれどことなく寂しく、まともにさようならも言えずに出て行く裏でにこやかにフィンケと握手をしている藤口社長が憎くてしょうがない。表に出てくるな。写真に移ることすら自粛しろ社長とオフィシャルを見るたびにはらわたが煮えくり返る気持ちだ。


しかしフィンケ、俺様撤廃サッカーだからといってこんなに簡単に去られる、そして選手に去ろうと思わせてしまうようになった浦和の魅力を今一度考え直したいと思うところだろう。少なからず、昨年のサポーターと選手の距離感も影響はあるはずだろう。熱い想いはいいが、げんきんで都合の良い想いだけは今年はやめてほしい。負けて選手をどやして大荒れしたサポーターが次の試合に勝って笑顔で選手に拍手を送っている姿は僕には理解しがたい。選手が機械ならなんとも思わず次の試合も頑張ってくれるが、選手も人間である。非難されたり否定されたりしたら心に残り続けるもの。


最終節の試合後のゴール裏のWe are REDS!で盛り上がる目の前で下を向いて反応しなかった選手たちの表情は少なからず割り切れない思いもあっただろう。


昨年は全ての選手にとって魅力的なサポーターだったのだろうか。

今年の浦和が取り戻すものは選手の成長と結果だけじゃない。

選手にとって魅力あるサポーターの姿ではないだろうか。


ドリブルで攻めあがる相馬のおかげで「勝負!」という単語の意味を体感で覚えた人も多いのではないのかな。

浦和に数々の栄光をもたらしてくれた浦和史上屈指の左のドリブラー相馬に、本当に心から感謝の言葉を伝えたい。


ありがとう相馬。





永井の移籍

高原・エジミウソン・永井・達也・セルヒオ・高崎・ポンテ。

外国人2名にA代表経験者3名、アンダー代表経験者1名に若手1名。

ACLを失い2009年の試合数が激減する浦和にしてみたらはっきりいって過剰体制ともいえるFWの構成。永井の移籍はいわば、景気が悪くなった企業が抱えすぎた社員に対して行った早期退職制度に立候補した社員とかぶる。

それは永井が切られたのではなく、第2の人生をスタートさせたいために永井から去ったという事を意味している。


清水に行けば、自分の等身大の実力がわかると思う。
これまでは日本を代表するクラブである浦和レッズの9番という名前に守られてきた立場というものがあったと思う。

他のチームのサポーターが見てきた永井というものを、これからは僕たちもその目線で見ることができる。

永井は本当にすごいのか。それとも浦和レッズにいたからすごくみえていたのか。

また1つ楽しみができた。

浦和レッズの9番という鎧を脱ぎ捨てて身軽になった生身の永井が、何を見せてくれるのかをみていきたいと思う。


スタイルを自分で決め付けてしまっていたから浦和ではこれ以上伸びなかったと思う。僕はそう思っている。だから、これでまた永井の良さを思い出すきっかけになればと思う。


これまでの感謝の気持ちを込めて、この記事としたい。




中村くんの東京入り。

個人的には好きなタイプのプレーヤーである中村北斗。
初代ガッツリーゾブログで3年前のシーズン前に、福岡で期待できるプレーヤーに上げた事があるのだけど、彼は闘争心がすごく強い半面、プレーは繊細で、オーラのあるプレーヤーだと思う。

国見出身という持前のフィジカルの強さと共に、端正な顔立ちの割にプレースタイルが国見らしく泥臭い。

いつかRedsで見たいなあと思っていたのだけど、FC東京にもってかれてしまいました。貴重な右サイドの若手だったのだけどな・・・。


Redsは補強はどうしてるのかなー。
僕なら迷わず清水の青山を取るけどね。細貝と同じ学校の。


ディフェンスは基本的に助け合いのメンタリティが必要でとてもデリケートなエリアだから、人間関係重視でもいいと思うんだよね。気心の知れている信頼関係の深い間柄で固めるには細貝・青山のコンビはとてもいいと思うんだよね。昨年の大分を見て改めて思った。


てか、僕は彼のプレーはとても好きなんだけどね。頭脳的なプレーもできるまさに正統派ディフェンダーだなって思う。

青山は難しいかもしれないけれど、正統派ディフェンダーをいれてほしいね。そのポジションを極められる選手をとってほしいなと思います。


色んなポジションできるからと色々なポジションをやらせすぎるとチームが落ち着かない。一瞬の集中でいくトーナメントであればいいけれど、長いシーズンでいくのであればある程度役割を固定させていく必要はある。


そしてごく一部の世界的なプレーヤーを除き、ほとんどの場合においてポリバレントではスペシャリストには勝てないのが僕の持論。


ポリバレントなプレーヤーは複数のポジションをこなせるというけれど、それを否定するつもりはさらさらないが、じゃぁ複数のポジションにおいて常に最高なのかってのがある。そのポジションを「うまくやれます」じゃぁダメだと思うんだよね。勝ちぬいて、強さを維持し続けるのであれば。そのポジションで最高の選手で長く固定し続けて連携を深めていく事が僕は大事だと思うのですよ。


代表が今野とかにセンターバックやらせたりした時、これが本当に世界の常識なのか?って思ったりしたものでした。


いずれにしても、中村北斗は将来代表に入る選手の1人だとおもうので、FC東京はきっちり育ててもらいたいものです。徳永がそうだったように、戦術で選手を殺すような事はしないようにね。



逃げてばっかりではだめだ。


藤口社長は既に自分の姿を見れていない・・・というか直視するのを怖がっている。

彼のスタジアムでの挨拶を見ながらそう思った。

最初に栄光を経験してしまったがために、1年というわずかの間に天国すぎるところから、地獄へ一気に没落した自分の現実を受け入れられていない。


恐らくわずか1年あまりで浦和レッズに関係するすべての人の中で最も立場がかわってしまった人だろう。今の自分がどんな状態なのかわからなくなって混乱してしまっている。それはわからないでもない。その点は同情する。


そして来期、一生懸命頑張ってリスタートさせたいという彼個人の気持ちもよくわかる。それは否定しない。


だけどね、藤口さん。

多くの人から信任を得られていない人が魅力あるクラブを作る事ができるのかな?信じられるクラブを作る事ができるのかな?


あなただけのせいではないと思う。
だけど、クラブのトップとして逃げてはいけないケジメがるのではないのかなって思う。


続けたいなら続けさせてくれと大きな声で言えばいいと思う。
そのかわり、1年で2名の監督解任とフィンケの経緯、そしてチームの全体の雰囲気等、全てを説明し、サポーターや関係者の理解を得ようとしないとだめだよ。


それがない限り、サポーターの信頼は再び得る事はできないし、社長を続ける資格はないと思うよ。


逃げてばっかりではだめだ。




鹿島が連覇

浦和の大惨敗よりも鹿島の連覇のほうが悔しかった。
鹿島vs札幌を見ることができたので、それを見ていた。

鹿島は試合巧者というのはよくわかった。
おめでとう鹿島。僕らも鹿島という良い目標が見つかったよ。

これまでの数年、ターゲットにされる事が増えて年々試合内容が厳しくなってきた浦和だったが、これで一旦開放される。強豪チームという名前から。ただの中堅チームとして新たにまたスタートをきってチャレンジをしていきたい。

この札幌戦、いい素材をみつけた。

札幌MF 20 上里

彼の左はやばいね。
鹿島がもっとも冷や汗をかいたのはバイタルエリアで彼がボールを持ったときじゃないかな?ダビィより上里のほうが効いてたね。

ボールを持つとゴールにむくんだよ。すぐ。
そしてJリーグでも屈指と思えたあの強烈な左のミドルはやばい。

代表経験者である鹿島GKのソガハタくんが振り回されてたね。
ドリブルのリズムも小気味いい。

札幌は若手が伸びてるね。
後半投入された若手が活きがよくて鹿島の中盤が走らされて疲れていたね。本山や野沢が後半消えたのも札幌の若手がめんどうな動きを結構していたからだったと思った。

札幌は来年は再びJ1への道を獲得できるだけのチーム力はあるね。
個人的には好きなチームだから、是非またJ1へ帰ってきてほしい。今年のような勝ち点はチーム能力を反映させたものではないと思ってる。今年の札幌は監督に尽きた。

あと浦和にもいた西谷、自由契約で今年いっぱいで札幌を去るのだけど、後半10分、彼が交代でピッチを去るときに札幌サポーター、でっかい声で西谷コールをしてくれていたね。

感動した。彼に、そして札幌の人たちにありがとうと言いたかった。


でも、西谷。
まだまだやれると思うな。

いいドリブルしてたよ。
J2でなら格が違うプレーだと思う。

だけど、それだけ札幌の若手が伸びてるって事だね。
新天地がみつかりますように。


さて。

今年は鹿島が優勝した。
鹿島、川崎、名古屋、大分、清水と続いた。

前線、サイド共に良質なドリブラーを抱えるチームが上位に来た。今年も、前のほうでドリブルでつっかけて展開の打開ができたり、ミドルを積極的に打ってDFを前に出させて裏にスペースを作らせる事ができるチームが良い結果を収めることができた。

浦和は世界ではなく、再び日本での上位進出を目指すチームとなった。
Jを制するキーワードは明確になってきている。


浦和のフロントは時流が読めているのだろうか?
シーズン頭から掲げてきた楽しいパスサッカーのゴールがフィンケの招聘だということはよくわかる。これができれば浦和は強くなる!!と信じ込んでいるのもよくわかる。

フロントの信念。

それはそれでいい。
しかし、それがJで通用するサッカーなのかをしっかりと考えてほしい。

フロントが信じるサッカーの代名詞は今年あわや降格という状態で首の皮1枚でJ1に残留した。

僕は何度でも言うね。

今のJリーグにおいて、つっかけるドリブルもなければミドルもないパス回し中心のサッカーはカップ戦では奇策として通用しても、リーグを制するだけの引き出しは無い。


戦い方のシステムがはまるケースなど確率論だ。
パスサッカーのようなシステムに依存しがちなサッカーは相手のシステム次第で良さを消されてフラットな状態になるケースも多い。

そんなときに結局、極限の所を打開するのは個人の能力。ドリブル、長短のパス、ミドル。その1つ1つが秀でたチームがリーグを制するのは現在のJリーグのレベルでは間違いない。

浦和にはドリブルを軸に、パスやミドルなどバランスの良いチームになってもらいたいし、そういう素材が若手からベテランにかけて揃っている。それらを活かしてほしい。


ポンテ、山田さん、アレックス、平川、相馬、細貝たちがミドルをバシバシ打ち続ける中で、永井、達也、ポンテ、山田さん、アレ、平川、相馬がドリブルでギンギンにドリブルで切れ込んでくる。そしてその頂点には高いボディバランスを誇る高原がどしんと構える。

僕はそれを思い出す事が重要だと思うよ。

転落したからスタイルを変える事をしていたらだめ。
古き良きではないけれど、貫くこともとても大事。

今シーズンは戦術や戦略が全ての悪ではないのだから。
チームとして戦う状態にもっていけなかった所も非常に大きい。

スタイルをかえる為の監督招聘よりも、脆いメンタルを鍛え上げる厳しくて元気のある若い指導者のほうが僕は重要だと思う。



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